毎日新聞(2020年3月10日)における掲載記事
※毎日新聞社 知的財産ビジネス室の許諾を得て、当HPにて全文掲載しています。
※2020年4月11日に毎日新聞全国版、朝刊にて再度記事掲載
記事掲載先:https://mainichi.jp/articles/20200310/k00/00m/040/123000c
【以下、記事全文】
<障害者雇用>障害者の能力や強みを生かす「カスタマイズ就業」って?
就職を希望する障害者が、それぞれの能力や強みを生かすため、企業側が労働環境や仕事内容を障害者に合わせることで就業ニーズを満たす「カスタマイズ就業」と呼ばれる就労のスタイルがあるという。どういったものなのか実践している企業を取材した。【吉田卓矢/統合デジタル取材センター】
◇過去最高の雇用数を実現するも……
国は障害者雇用促進法に基づき、企業や自治体などが雇うべき障害者の割合(法定雇用率)を定めている。企業(従業員数45・5人以上)は2・2%、国や自治体は2・5%だ。厚生労働省の昨年12月のデータによると、障害者の雇用数は約56万人で、16年連続で過去最高を更新。しかし、対象となる18〜65歳の障害者全体(約355万人)の2割に満たず、法定雇用率を達成した企業も約48%にとどまる。
仕事の定着率も課題だ。障害者職業総合センターの調査(2017年)によると、就職から1年後の定着率は、知的・身体の障害者が6〜7割、精神障害者は5割以下。調査では、「労働条件が合わない」「障害・病気のため」などの離職理由が挙げられている。ただ、そこへ至るには、求人内容と本人の希望・能力とのミスマッチや、職場の障害への無理解なども原因として考えられる。こうした状況を改善する働き方の一つがカスタマイズ就業だ。
◇「こんなに自然体で仕事ができるなんて思わなかった」
2月25日午前10時ごろ、川崎市の会社員、林谷隆志さん(39)は、会社員をしている妻を送り出した後、掃除・洗濯を済ませてから、自宅のパソコン前に座った。チャットで就業開始の報告をした後、仕事をスタート。会社のウェブサイトに掲載する記事の執筆に取りかかった。
この日は、求職中の障害者が就職活動を始める際に気をつける事柄をまとめたものなど3本の記事を書いた。1時間の昼休みを挟んで午後5時まで働き、最後に、当日の体調や仕事の内容・反省点などをまとめた終業報告をチャットで送りパソコンを閉じた。たまにテレビ電話も使うが、この日の社内のやり取りはチャットのみ。林谷さんは、表情や語り口などから人の感情を読み取ることは苦手だが、事務処理や文章を書くのは得意だ。林谷さんは「こんな自然体で仕事に打ち込めるなんて思わなかった」と笑顔で話す。
林谷さんは01年に、20歳で神奈川県警に就職。交番勤務などを経て、県警本部の情報処理関連の部署に配属された。しかし、上司とうまく意思疎通できないことなどがプレッシャーとなり、めまいや不眠に悩まされた。それでも半年間勤務を続けたが、飲み会の席で、信頼していた別の上司から「あいつは適当なことしか言わない。うそつきだ」と言われ、「心が壊れた」という。10年にうつ病と診断を受け、その後の検査で発達障害の一つASD(自閉スペクトラム症)であることも判明した。
上司とうまく意思疎通できなかったのは、ASDで暗黙の了解や表情をうまく読み取れなかったのも原因の一つだったという。リハビリを続けたが12年に退職。14年5月に大手運送会社に障害者枠で再就職した。事務の仕事を順調にこなし、任される仕事も増えたが、人間関係で再び体調をくずし、18年2月に再び退職。地元の就労移行支援事業所に通った。そこで紹介されたのが、現在勤める障害者向け就職支援会社「ノウドー」(東京都千代田区、森康之社長)だった。
ノウドーは、大手職業紹介会社にいた森社長(36)が14年に会社役員らの転職をサポートする職業紹介会社として設立。その中で、自分の能力や強みをどう仕事に生かすかを考えて主体的に取り組み転職に成功する役員らを見て、障害者でもそうした就業ができないかと考え、関東各地の就労移行支援事業所を回った。すると、高いプログラミング技術を持った人やイラストがうまい人、気配りができる人——など、多様な才能を持っているにもかかわらず、障害で自信を持てずにいる人が多いことが分かった。
一方、IT企業など成長の著しい会社では、法定雇用率の未達に悩む企業は多い。そうした企業と障害者をつなごうと17年3月、障害者の就職支援をする会社へ衣替えした。そこで、障害者が長く快適に働き、企業側も障害者を戦力として捉える仕組みとして着目したのが「カスタマイズ就業」だった。
◇仕事内容や職場環境を障害者に合わせてカスタマイズ
カスタマイズ就業は、01年に米労働省障害者雇用政策局(ODEP)が創設された際に、中心的な政策として掲げられた。米国ではこれまでにさまざまな実証事業が行われた。日本では、障害者職業総合センターが米国の取り組みを調査し、07年3月に「カスタマイズ就業マニュアル」をまとめた。マニュアルなどによると、カスタマイズ就業とは、障害者の強みや関心に合わせて仕事や働き方を設計するだけでなく、雇用主の側もその労働力によってニーズを満たせるよう設計する就業方法だ。
森さんは、就労移行支援事業所と法定雇用率に課題を残す企業を回り、障害者の才能と企業側が求める人材のマッチングを行うとともに、自社でもカスタマイズ就業を実践しており、その一人として林谷さんが就職した。
森さんは当初、林谷さんの仕事について、自社の障害者就労支援関連の情報サイトの改善や記事内容のチェックなどを想定していたが、実習や面談を通じて、文章を書くのが得意で本人もそうした仕事に就くことを望んでいたことから、記事の作成の方が適性があると考えた。職場環境についても話し合った。他人の表情や真意をうまく読み取れずに対人関係に悩んできた林谷さんの希望に合わせ、自宅でのテレワークにし、緊急時以外はチャットでこまめに意思疎通を図ることにした。
当初は、森さんが記事のテーマを提案していたが、次第に林谷さんから提案するようになった。森さんは「障害を持つ当事者だからこそ書ける記事が充実した。林谷さんは会社に欠かせない戦力です」と評価する。林谷さんも「体調不良時も気兼ねなく相談できる。仕事もやりがいがあります」と喜ぶ。